認知症になってからでは遅い――行政書士×FPが伝える、元気なうちの相続準備【前編】
行政書士わかば事務所 行政書士 山田恭子 × FPofficeつむぎ 田中景子 セッショントーク
家族が笑顔で相続を終えられるように」——そんな想いから相続・遺言書作成に力を注ぐ、行政書士わかば事務所の山田恭子さん。
今回はファイナンシャルプランナーの田中景子さんと「親が元気なうちに相続の話をしよう」をテーマにセッショントークを行いました。
前編では、なぜ「元気なうち」に相続の話をすべきなのか、そして実家・財産目録・保険といった、具体的に何を準備しておくべきかを伺います。
相続準備は「いい終わり方」の準備。山田さんの想いと“理想の最期”

田中:まずは簡単に自己紹介をしていただけますか。
山田:行政書士わかば事務所の山田恭子(やまだきょうこ)です。遺言書作成支援や相続手続きはもちろん、死後事務委任や任意後見、家族信託といった生前からの備えまで、トータルでサポートしています。
自分の祖父母や両親の老いも感じ、これまで以上に相続大切さが身に染みるようになりました。このことから相続関係の業務には力を入れています。
田中:ありがとうございます。実は私も、円満な相続はもちろんのこと、人生の最期をいい形で迎えることができることって、すごく大事だなと身に染みて感じています。
最近、主人のおばあちゃんが95歳で亡くなったのですが「こんな最期を、自分も迎えられたらいいな」と感じるような最期でした。
娘に手を握られながら病院で亡くなったんですが、その前も孫たちが順々に会いに来て、お別れを言える時間があって――。
特に印象的だったのが、お葬式の前にお坊さんが「戒名に入れたい文字はありますか?」って言った時に、子どもである義母・義叔父が、「笑顔を絶やさないひとだったから、戒名に”笑”という字を入れたい」と言っていたことです。
山田:残念なことですが素敵な最期だったんですね。
田中:それまでの経緯を見ていても、義母がしてた準備が素晴らしいなと思っていて。おばあちゃんの意見を聞きながら、いわゆる「終活」最期を迎えるための準備や相続準備をしてたんです。
そんなおばあちゃんに寄り添った準備があったからこそ、おばあちゃんは素敵な最期を迎えられたんだろうなと思って。
だからお客様を、幸せな終わり方に導いて差し上げられるような準備のお手伝いができたらいいなと感じた出来事でした。
山田:相続の準備は、誰もが簡単にできることではありません。お金のことや、自分がどう老いていきたいか、人生をどう締めくくりたいか——そうした想いを、たとえ我が子相手であっても共有するのは、実はとても難しいことです。
子ども世代からしても、死を連想させる話題はどうしても聞きにくく、避けてしまいがちです。けれど、生きているうちにこうした話をしておくことこそ、本当の意味で幸せなお別れを迎えるための、大切な要素の一つなのです。
田中:本当にそう思います。終わり良ければすべてよし!ではないけれけど、最期の時って人生でとても大事な時間だと思うんです。
それでは、今日のテーマは「親が元気なうちに相続の話をしよう」という感じで、ゆるーくお話しさせてください。
なぜ「元気なうち」に相続を話すべきか
田中:なぜ元気なうちにお金や相続の話をしておいた方がいいのか。教えていただけますか。
山田:理由は大きく2つあると思っています。1つ目は、「元気じゃないとできないから」です。自分の財産を書き留めたり、リストにまとめたりするのは、思っている以上に体力や気力、そして考える時間を使う作業です。
つまりそれ自体が、心身ともに元気なうちでないとできないことなんです。だからこそ、体力・気力があるうちに、というのがまず1つ目の理由です。
もう1つは、認知症のリスクです。今は長寿の時代なので、どうしても認知症になる方が多くなります。そして認知症になると「意思能力がない」と判断され、遺言書を作ることができなくなってしまいます。
「財産をこう分けたい」という想いがあっても、その意思表示自体が認められなくなってしまうんですね。実際に「親が認知症になったので相続が心配になってきた」というご相談をいただくこともあるのですが、その時点ではもう遺言書を作成することはできません。
そうなると、遺言書以外の方法の中で、最善の策を探っていくしかなくなってしまうんです。だからこそ、「認知症になる前だったら、ご本人の希望どおりに、一番良い形で遺言書を作れたのに」と感じる場面に、たびたび出くわします。この2つの理由から、「元気なうちに」という準備を強くおすすめしています。
田中:確かに。認知症じゃなくても、高齢になってくると意思決定がしづらくなってきますよね。認知症になっちゃうと、制度的にも「本当に自分の意思なのか」に疑問符が打たれちゃうから、そこはすごく大事だと思います。
あと、お客様って認知症になったときのリスクを意外と知らないんですよね。「認知症になると口座が凍結されるリスクがあるよ」とか「遺言書が作れなくなるよ」とか。どんな時に凍結されちゃうの? って山田さんもお客様からよく聞かれませんか?
山田:口座凍結のことは、確かに質問される場面が多いですね。キャッシュカードさえあれば、認知症のおじいちゃんおばあちゃんを連れて銀行に行かなくても、お子さんが引き出せてしまうケースもありますが。
施設の入居金などで大きなお金を動かそうとした時に、窓口で手続きができずに困ってしまう。そういうところを意外とご存じない方も多いですよね。
田中:本当にそうですね。「親が健在なうちに準備を進めることは大事ですよ」みたいな話をよくお客様にします。もちろん人間関係の上でですけど。
ちょっとしたきっかけで口座が凍結されちゃうケースって意外と多い。認知症だっていう事実が銀行の方に知れて、そこから口座凍結ってなることも少なくありません。
山田:そうですね。なので、介護に必要と思われるお金を、本当に信頼できる家族に、あらかじめまとめて預けておく。「もし認知症になったら、このお金で私の人生を見届けてください」と、元気なうちにお願いしておくんです。
必要であれば家族信託の仕組みを使って、お金の管理方法を取り決めておくのも一つの手です。それもエンディングの一環として、大事なことだと思っています。
何を話し、どう備えるか――実家・財産・保険
山田:最期を迎えるための準備は、さまざまですが特に「実家をどうするか問題」っていうのが、皆さん結構気を揉むことが多いようです。
子どもが二人いたとして、二人とも実家の土地・建物に対して同じ想いを持っているとは限らないから。「両親が亡くなったら実家を売ってお金にしよう」と思っているかもしれないし、「思い出の家だから管理し続けたい」と思ってるかもしれない。
もし一人が親と同居していたら、その人にとってはそこが生活の基盤なので、もう一人に相続されてしまうと、生活が根底から覆りかねません。だからこそ、たとえ自分が実家で親と同居していても、「亡くなった後も当然自分が住み続けられるはず」という思い込みのままにせず、きちんと言葉にして書面に残しておく必要があるんです。
家に対する想いは、兄弟それぞれで価値観が違うことが多いですから。
田中:人によって愛着の感覚って全然違いますよね。私はけっこうあっさり処分してしまうタイプなんですけど、主人の実家は物を大切にする家庭。主人が小学生の時に使ってたブリキのお弁当箱が義実家にあったときは驚きました。
「この家は住むよね」「売るよね」ってなんとなく目星をつけてるのが大外れだった時、すごい番狂わせになっちゃいますよね。特に家に対しては想い入れが人それぞれ違いますよね。だから「それどうしたい?」って親に聞くのも大事。
山田:「守っていくのは管理が大変だから、売るのも視野に入るかなと思うんだけど、どう?」って聞いてみたら、「私が施設に入っても、亡くなるまでは管理しておいてほしい」とか、親も何かしら希望があるんですよ。
子ども世代の希望と親世代の希望を、お互い本音で話して決められたら。それが元気なうちに話せたらいいなって思うんです。
財産の全体像を「目録」にしておく
田中:相続準備のときに話しておいたほうがよいこと、他にもありますか?
山田:借金などの負の財産も含めて、親が何をどれだけ持っているか、家族が把握できていないことが目立ちます。親が亡くなって相続が始まると、その財産を探すのがすごく大変なんです。
遺産分割が終わったあとに「あそこの土地もあったな」と新しい財産が見つかると、その土地について、あらためて相続人全員で話し合いをしなければなりません。せっかく気持ちよく終わったはずの相続の話を、また蒸し返すことになってしまうんです。
田中:分割協議も申告も終わった後に財産が出てくると、どうなるんですか?
山田:見つかった財産について、新たに協議書を作り直さないとならないんです。相続人全員からハンコをもらって。例えば、その時には5年10年経っていて「誰々さんも亡くなったから、その息子さんからもハンコをもらわなきゃ」とか。こんなふうに手間が増えてしまい、相続手続きが大変な方もいらっしゃいます。
親の世代なら「あの土地もあったよね」とギリギリ知っていることが、私たちの世代になると「そんな土地、聞いたことない!」となる。だから親の世代のうちに、少しでも財産を目録にまとめておいてくれれば、どんなに楽かと思います。
元気だからこそできる対策――家の売却と保険
田中:元気なうちだからできる対策って、他にはどんなことがありますか?
山田:「相続」は遺された財産の分配というより、介護期から人生をどう「いい終わり」に向かわせていくかの準備でもあると考えています。介護が必要になったら施設に入ろう、または施設に入ってもらおうと思うなら、お金の準備をしておきたい。
「私が施設に入ることがあったら、家は売っていいよ」という話が親子でできていれば、子どもたちと協力して親が元気なうちから家を処分することに備えることができます。
その時に取る方法や備え方は人によって違いますが、少なくとも「家を処分したお金で親を施設に入れたいけど、認知症になってしまったので家が売れない…」と困ることは防げます。
田中:元気なうちに家の方向性を決めておけば、売却資金を介護費用に充てられる。認知症になった後は、勝手に売るなんてなかなかできないですもんね。
資産のことでいうと、高齢になってきたら資産を保険に預けておくのはすごく便利だと思うんですよ。保険にお金を入れておくと、保険の機能として契約者代理請求の制度があったりするので、認知症になっても代理人が手続きできますし。
山田:お金を定期預金感覚で預けて、契約者が亡くなったらまとまった保険金が指定した人に行く、という使い方は知っていましたけど、解約もできるんですね。
田中:会社によって代理人がどこまでできるかは違うんですけど、できる会社も増えてきています。今は死亡保険に介護の特約が付いていて、たとえば1,000万円入れておいて「要介護状態になったらその金額を介護費用(給付金)として払い出せますよ」という機能もあるんです。
「老後の介護費用のために取っておきたい」というお金を、介護の時にお世話になるであろう人を指定代理請求人にしたり、受け取ってほしい人を受取人にしたりして保険に入れておくと介護時や万が一の時のお金のやり取りがすごくスムーズにできます。
山田:ちゃんと介護費用と思って使えますもんね。親が「いざとなったら保険からお金が出るから使ってね」と言ってくれていれば、子ども世代も金銭的な負担なく親を支えられます。それってすごく良いお金の残し方ですよね。
田中:「指定代理請求人はあなたにしている。私が介護になったらこのお金でこういう施設に入れてほしい」とか、そこまで話しておくと、子どもとしても安心できますよね。
山田:相続人が兄弟二人だったときに、指定代理請求人や受取人は親が「なんとなく長子にしておく」ケースは多々あると思います。でもそこだけ見ると弟や妹からすると「え、受取人も全部お兄ちゃん/お姉ちゃんなの?」と思う可能性があるじゃないですか。
保険金は遺産分割には入らない仕組みもあるので、ここで要らないモヤモヤが生まれてしまうのがもったいないと思います。
なので、こういうことも元気なうちに、「指定代理請求人はお姉ちゃんだけど、お姉ちゃんが責任を持って施設代を払うからだよ」「お姉ちゃんには介護を見てもらうから、受取人にしてあるよ。でもあなたにもこのくらいの額はあるから納得してね。」と話しておけば、「お姉ちゃんがが全部受け取るんじゃないか」という必要のないモヤモヤが生まれにくくなります。
だからもっと「相続について話そう」「介護のこともお金のことも話そう」というスタンスを広げていきたいんです。
まとめ
元気なうちに相続の話をすべき理由は、「気力・体力があるうちでないと準備が難しいから」、そして「認知症になると意思能力がないと判断され、遺言書が作れなくなるから」の2つです。
実家をどうするか、財産の全体像を目録にまとめること、家の売却や保険をどう活用するか——これらはすべて、親が元気なうちにしか話し合えないテーマです。
とはいえ、「何を話すべきか」がわかっても、実際に親とその話をするのはまた別の難しさがあります。後編では、家族だけでは話しにくいことをどう乗り越えるか、そして遺言書や医療の意思表示について、引き続き山田さんに伺います。
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